「都立大ヨット部での経験論的考察」
こんにちは、74期副主将の佐々木優友です。この度、都立大ヨット部引退ブログを記すにあたり、まずはここまで私たちを支えてくださった全ての方々に、心より感謝申し上げます。
都立大ヨット部の活動は、私たち部員だけの力では決して成り立ちませんでした。この場を借りて、深く御礼申し上げます。OB・OGの皆様、コーチ、顧問の先生方へ物心両面にわたる多大なるご支援、誠にありがとうございました。合宿所などの環境整備に加え、新艇や新セールの購入、練習への参加など多くのことにご尽力いただいたおかげで、部員がヨットに打ち込める体制が整いました。皆様の熱意とご期待に応えられるよう、後輩たちがさらなる高みを目指してくれると信じています。また、後輩の皆さんへ個性豊かな皆さんと共に活動できたことを誇りに思います。これからの都立大ヨット部をさらに面白く、強くしてくれることを期待しています。ハーバースタッフ、大会運営の皆様へ、安全な環境を提供し、私たちが全力で練習、レースに臨めるよう尽力していただき、ありがとうございました。

私の3年半は、ヨットに人生を捧げるというよりは、「都立大ヨット部という独特なコミュニティに色を添えられた時間」だったと感じています。そのダラダラとした道のりを、少し長くなりますがお話しさせていただきます。
ヨット部に入った理由は、正直に言って、ヨットというスポーツそのものに大きな思い入れがあったわけではありません。大学生活というモラトリアム期間を彩るための、雰囲気の良い特別なコミュニティへの所属を決めたという程度でした。実際、入学当初は、高校の部活引退後に決めていたバスケのコミュニティに主な時間を注力していました。
今振り返れば、1年生の時期にもっと合宿所に泊まり、当時の4年生(潤さんや一史さん)と積極的に関係を築いておけば良かったという後悔があります。ただ、当時はコロナ明けの状況も重なり、合宿所の環境が整っておらず、なかなか泊まる気になれなかったという側面がありました。
そんな私を、クルー時代にほとんど諦めずに指導してくださったのが橋原さんです。今思うと、自分とヨットに対するモチベーションがこれほど違う後輩に、どうしてあんなにも諦めることなく教え続けてくださったのか、今でも不思議です。毎回ボケっとした私に対し、橋原さんは「きつい、きつい」という同じ言葉で、ヒールやアンヒール、スピンの潰れ、艇の揺れなど、様々な状況を教えてくれました。その「きつい」のバリエーションが私を少しずつ上達させてくれたと感じています。
74期はかなりの人数が辞めてしまいましたが、私が残れたのは、73期の先輩方がどんなに私がテキトーにヨットをやっていても私を諦めないでいてくれたこと、そして橋原さんが「きつい」と言い続けてくれたからだったと思います。本当に73期、特に橋原さんには深く感謝しています。

2年生になり、コロナが完全に世間から忘れられ始めたころから、合宿所が整備され始め、私もようやく合宿所に泊まるようになりました。
この合宿所という存在こそが、都立大ヨット部の独特で、他のコミュニティにはない面白さを醸成する「装置」なのだと、この時強く感じました。合宿所で寝泊まりすることで、73期の先輩との距離が物理的にも心理的にも近くなり、これが徐々に「ヨット部にいる」という状態から、「ヨットというスポーツに対するやる気」のようなものを獲得するきっかけになったように思います。
私にとって、合宿所はヨット部における最も重要な要素でした。

そんなこんなでヨット部で約3年を過ごし、73期が引退。私が4年生となり、副主将として部の運営をする側に回るという、入部したころには誰も予想しなかった状況となりました。(この間に、勢いで辞めて冷静になり反省した丸茂が主将として戻ってくるという面白いイベントもありましたが、ここでは割愛させていただきます。)
私たちの代は上級生が少なく、運営はなかなか難しい時間もありました。私は、これまでのヨット部で経験した「良かったこと」「後悔していたこと」「課題だと感じていたこと」をもとに運営の方向性を決める軸としました。

都立大ヨット部最大の課題は、人が辞めすぎて知識や技術の定着が難しいこと、そして部内競争が起きないことにあると感じています。ハード面については、関さんをはじめとする多くのOBさん、OGさんからのご支援もあり良い状態にありますが、ソフト面で強豪校との差が大きいと感じています。
そんなわけで私と丸茂は「人が辞めない部活」を作ることを最大の目標としました。リザルトよりも雰囲気の改善や「楽しさ」に重きを置いた運営を心掛けました。これによって、クラスリーダーの荒井と武田にはだいぶ苦労をかけたと思いますが、本当によく頑張ってくれました。ありがとう。
具体的な取り組みとしては、私がヨット部に早く溶け込むのに最も大事だと感じていた合宿所を、さらにきれいにし、機能的にすることにリソースを割きました。私は新歓当日には何の戦力にもならないので、新歓までを頑張ろうと尽力しました…言い訳ですね、もっと新歓は頑張るべきでした。ごめんなさい。新歓を頑張ってくれた皆、特に当日頑張ってくれたアイラとらなぁ、過去一のクオリティでPVを作ってくれた葵、本当に感謝しています。
その努力の甲斐もあり、今年は12人もの1年生が入部し、皆早々にヨット部に溶け込んでくれたことを嬉しく思っています。

合宿所以外に個人的に意識していたのは、後輩に壁を作らないことです。これは、1年生の時に4年生とあまり会話しなかった後悔や、橋原さんが私を諦めることなく接し続けてくれたことを振り返り意識するようになりました。後輩とのコミュニケーションをとり続けることがヨット部を強くするし、人が辞めない組織を作ると感じています。
具体的には、意図的に自分を下げ、ある時は愚を演じることで、後輩から舐められるように接していました。舐められるといっても、ヨット部の後輩は皆真面目で頭もそこそこ良いので、私の誘いに乗ってくれて、せいぜい時々ため口をきいてくれる程度なのですが、これによって格段に後輩とのコミュニケーションがとりやすくなったと感じています。後輩とのコミュニケーションに悩むことがあったら、ぜひ試してみてください(私の場合は本当に愚かな面が多々ありましたが)。

最後に、インカレで私のクルーとして乗ってくれた舞香と優花に感謝を述べたいと思います。
正直、あまりスキッパーとして上達しないままインカレを迎えてしまい、二人には良い結果、良い景色を見せてあげられず、申し訳ない気持ちでいっぱいです。私は橋原さんが良いレースをしてくれたおかげで成長したところが多分にあるので、二人にそれを経験させてあげられなかったのが心残りです。
ただ、二人が最終レースまでずっと、何にそんなに笑っているのかよく分からないこともありつつも、常に笑顔でいてくれたので、私にとって非常に楽しいシリーズとなりました。本当にありがとうございました。
時々、練習に顔を出させていただきます。これからの都立大ヨット部の活躍、そしてその過程で起こる変化を非常に楽しみにしています。
大変お世話になりました。ありがとうございました。
74期 副主将 佐々木優友
